敬覚寺沿革【概要】

敬覚寺は、寛永18年年(1641年)、本願寺派第13代良如上人のころ江戸青山にて専照寺と号し了玄上人を開基として建立。
その後、江戸の振袖火事にて焼失。
本願寺の江戸の拠点である浜町御坊も焼失し築地に移転されることとなり、当山も敬覚寺と改称し築地に移転。
幸いにも寺宝であるご本尊阿弥陀如来立像ほか絵像など焼失は免れた。
また当山には、聖徳太子ご自作の太子像のお面が受け継がれており、略縁起も焼失を免れたが、現在は築地本願寺左余間に厨子にご安置されている。
現在の築地場外市場には五十八ケ寺の寺院が存在し、当時の敬覚寺の離れには元海軍大将の山本五十六元師が下宿していたといわれるが、関東大震災の火事によりその資料は乏しい。
震災後の復興は門信徒のお力添えにより成し遂げられたが、東京の都市開発の影響により練馬の地への移転。
当時は大根畑が広がるなかでの仏法伝道であったという。
なお、当山沿革の詳細は、サイト内の「敬覚寺沿革詳細」をご覧ください。